「なぁ元就。お前よ、俺と、その…日輪だったらどっちが大切だ?」
「何を野暮なことを…日輪に決まっておるであろう」
まあ…そうですよね…。
太陽と君と
晴れて恋仲になった俺と元就。
だが。
「俺の一番の恋敵は、お天道さんかもしれねぇな…」
早朝に寝顔でも拝んでやろうかと思って、見張りの奴に無理を言ってまで安芸の屋敷に忍び込んでみたことがある。
まだ夜明け前の相当早い時間だったから、確実に元就は寝ているだろうと俺は踏んでいた、のに。
そろり、そろりと気配を極力消して部屋に忍び寄る。
襖に手を掛けた、その時だった。
「…そこに居るのは長宗我部か?」
俺が驚いて硬直している間に、向こう側から襖が開く。
不機嫌そうな元就が立っていた。
「こんな時間に何をしにきた…寝込みを襲おうとでも思ったか?」
部屋の様子からして、寝起きというわけでもなさそうだ。
「そっ…そんなんじゃねぇよ……ところでお前、なんでこんなに早く起きてんだ?」
「…日輪を拝むために決まっている」
「に、にちり…?ああ、お天道さんのことかい」
「そなたも共に拝むか?」
「いや、遠慮しておく…」
正直その場で元就に付いていける自信がなかった。
「そうか、では我はそろそろ時間なので行く、適当にゆっくりしておれ」
「お、おぅ……」
そんな感じで元就はどんな時だって「日輪」優先だった。
俺はそれが不満なわけではなかったけれど(そういうところも含めて好きなわけで)、やっぱり本人の口からききたかったりとか、もしかしたら、という淡い希望も抱いたりして。
それでとある日の夕暮れ、冒頭の質問を投げかけてしまったのだった。
で、返事は「やっぱり」な答えで、まぁ。
「信仰だもんなぁ…」
彼にとっての「神」より大きい存在になりたいわけではない。
ただ、傍らにいて嬉しそうにする姿を見られるだけで十分だった。
―だったら、とびきり美しい「それ」を見せてやりたいじゃねぇの!
数日後の夜更け、俺は元就を自分の船に招いた。
「悪ぃな、こんな時間に呼んじまって」
「そなたがどうしても見てほしいものがある、と言うから…まあ、構わぬ」
暫くは2人して他愛もない話をして。
時間になったら起こす、と言って元就を寝かせた。
俺の肩にもたれ掛かって眠る元就が、この上なく可愛くて。愛おしくて。そっと羽織を掛けてやった。
ああ、はやくこいつの喜ぶ顔が見たい。
「元就ー、もうそろそろ時間だ」
トントンと肩を叩いてやると、う、と小さく声を洩らして目を覚ます。
「外、出るぞ」
夜明け間際の白んだ空。
そして、船は海のど真ん中に位置していた。
つまりは、見渡す限りの地平線だけが、そこにはあった。
「…何、を」
「こっちの方角だから。ぜってー綺麗だから、ちゃんと拝んどけよ?」
「拝む…?」
「おうよ。ほら」
元就のすぐ横に立って、そのときを待つ。
真っ直ぐな地平線の上に、
じわりじわりと顔を出す
「にち、り…ん…?」
「こうやって船の上から見るお天道さんも、また格別だろ?」
太陽が全部顔を出して。ニッ、と笑いながら横の元就を見ると、彼は俯いていた。
「…元就?やっぱり気に入らなかったか?そりゃ、いつもの安芸の方が「…違う!」
はっとした顔で、元就はやっと俺の方を見た。
「そなたがこうやって見せてくれたことは素直に嬉しい…」
「ならよかった。
―何よりも大事な日輪、だもんなぁ?」
自分では平静を装っていたつもりだったが、元就は何か感じたのだろうか。
「―元親」
ひさびさに元親、と呼ぶのを聞いた。
元就はなかなか俺のことを元親と呼んでくれない。
呼ぶのはそう、特別なときだけだ。
「そなたは何か勘違いをしているようだ。
我は何よりも大切なのは日輪と言ったかもしれぬが…
日輪は絶対だ。消えることなど、ない。
そんな中で、我が一番恐れていることが何か、わかるか…?」
恥ずかしそうに、目を逸らして。
「それは…っ、そなたを失うこと、なのだぞっ…!」
「…えっ?」
驚く俺に気づいて、元就は背を向けてしまった。
「あんた…それっ、て」
「…う、五月蝿い!今のは忘れろ!」
見えないけれど、それこそ太陽よりも真っ赤になっているであろう元就の顔を想像して、思わず頬がゆるむ。
しばらくしても微動だにしない元就に、仕方ないから回り込んで、強引に顎を掴む。
「っ…!」
「まったく、可愛いこと言ってくれるじゃねぇの」
唇が触れるか触れないかのぎりぎりまで顔を近づけて。
「俺も…あんたがいなくなるのが怖いよ、何よりも」
「問題ない…我を殺すのは、そなただけだ」
「ははっ!じゃあ…
死ぬときは、一緒だ。もちろん、死んでも」
―体温が同じになるまで抱きしめあって、
息ができなくなるくらい長い口付けをしよう。
そうやって、ひとつになれたらいいのに、ね。